シリーズ研究会
言語教育とアイデンティティ形成―ことばの学びの連携と再編

2010年度研究会はすべて終了しました。2011年度以降については言語文化教育研究会のサイトをご覧下さい。

このシリーズ研究会は,科学研究補助金による共同研究「アイデンティティ形成にかかわる言語教育とその教師養成・研修プログラムのための実践的研究」(基盤研究(C)課題番号:22520540 研究代表者:細川英雄)の研究プロセス公開を目的として開催される公開研究会です。

いずれも会場は,早稲田大学早稲田キャンパス22号館[アクセス]。どなたでも参加できます(参加無料,事前登録不要)。どうぞふるってご参加下さい。

※なお本研究会は,言語文化教育研究会(早稲田大学日本語教育研究センター)の活動として開催されます。

第1回

本発表ではまず,旧大英帝国系の多文化主義と欧州系の複文化主義は,〈資本+国家〉主義が第三者の審級として「再び,新たな」普遍性を標榜することの,論理的必然であることを論証する。そして,個人・家族・企業・自治体・国家のアイデンティティの流動化と同時にスローターダイクの指摘した,すでに「啓蒙された虚偽意識」としてのシニシズムが,先進各国の移民受入にあわせて,19世紀につづく第二の俗語革命として,英語を筆頭とする外国語教育や識字・ライティングに焦点化された国語教育を牽引しているのではないかという争点を提起する。

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第2回

アイデンティティとは簡単にいうならば,「《わたし》のとっての《わたし》」ならびに「《他者》にとっての《わたし》」なのだ。双方の《わたし》はときに調和をし ときには対立をしながら「他者」との間に立ち現われるのだ。ここで登場する《わたし》とは実践的で,複合的である。

ことばの学びという実践においては,《わたし》と《わたし》が出会い,互いに語りあい,学びあうのだ。複合的である「わたしたち」はお互い交渉しながら対話をしていくのだ。今回は,ことばの学びに登場する《わたし》という視点を考えていきたい。特に,他者とのネゴシエーションを念頭におきながら日本語話者の複合アイデンティティを考慮した言語教育実践を検討したい。多文化共生という概念に批判的な眼差しを向け,支援する/支援されるという対立的な関係を援助しないことばの学びの可能性を探る。

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第3回

本話題提供の目的は,「書き手としてのアイデンティティ」を守り育てる意義を,大学ライティング・プログラムでの実践を通して確認することである。筆者がかかわってきた大学アカデミック・ライティング・プログラム ― 《ライティング・センター》(支援機関)と《オンデマンド授業》(文章作成授業)では,「自立した書き手」を育てることを目標としている。「自立した書き手」とは,何が書きたいかを自ら模索し,文章作成のプロセスを自覚し,問題点や修正法を特定することのできる書き手である。これらの指導プログラムでは,自身も論文を執筆している大学院生たちが,対面または非対面による対話を通して,書き手の,文章に対する主体的なかかわりを促す。この,両者による協働的な活動の中で,どのようにすれば,書き手の自立をより支援することができるのか,どのような指導要素がより自立を促すのかを探る。その中で「書き手としてのアイデンティティ」が生れたり変化したりする様子をとらえたい。

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第4回

大学における教養教育の心理学の授業で,学生自身が自分自身を理解するという自己理解をめざして毎回の授業の後半で400字程度の文章を書くという教育実践を行っている。学生自身が自己理解をめざして文章を書いていく中で,自らのアイデンティティに迫っていくことができるかどうかを本発表で追求していく。

発表内容は,以下の通りである。第一に,この教育実践の概要を示す。第二に,この授業を受けた学生がこの教育実践を通して自己理解が深まったかどうかについて回答した自由記述を提示する。そこで,学生の回答を分類して,文章を書く中で自己理解が為されていくプロセスをモデルとして提示する。第三に,特にアイデンティティをテーマに講義した授業において,学生の文章の内容を取り上げ,彼らが自らのアイデンティティに迫っているかどうかを検討する。

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第5回

これまで私は,ベルギーとカナダに留学したが,期せずしてそのどちらもが二言語併用の多言語社会であった。個人的に経験したことを含めて,それぞれ独自の多言語社会の在り方とそこで生じていた社会・政治問題をまず報告したい。そしてさらに,多言語社会では必然的に問われることになる言語とアイデンティティを巡る政治哲学的な問題について考察したい。

とくに本発表で注目したいのは,カナダのフランス語圏であるケベック州出身の哲学者,チャールズ・テイラー(Charles Taylor)の多文化主義と自己論である。そこで彼が問題としているのは,脱文化的アイデンティティと文化依存型アイデンィティのせめぎ合いであり,この対立は,ちょうど,ジョン・ロールズを代表とするリベラリズムと,サンデルやテイラーを代表とする共和主義(共同体主義)の政治哲学の対立と重なりあっている。テイラーの主張を紹介しながら,現代のアイデンティティ政治哲学を概観したい。

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